Apr 11/2002 [追悼] 百武さん急逝 百武彗星
1996年の大彗星 - 百武彗星の発見者である百武裕司(ひゃくたけ・ゆうじ)氏が、4月10日午後7時47分、大動脈瘤破裂のために急逝されました。51才の若さでした。
天文ファンとしてはショックです。ここに百武彗星の思い出を書いて追悼としたいと思います。
時計になった彗星 -
1996年3月、久しぶりの明るい彗星の出現に天文ファンは沸いていました。
C/1996B2 - 百武彗星です。
C/は彗星を示すCometの頭文字、1996は発見年、Bは1月下旬を表す記号で、2はその期間のなかで2つ目に発見されたことを示しています。百武彗星は、百武さんにより単独に発見されこの名前が付きました。複数発見の場合には発見時刻が早い順に3人まで名前が付きます。
*なお英語表記はComet Hyakutake。ハレー彗星だけは、はじめて周期彗星の周期を予言した功績により特別にHalley's Cometと所有格で呼ばれる。
百武彗星の出現前の明るい彗星は、1976年まで遡らなければなりません。このとき私は中学生で、先輩に連れられてまだ雪の残る陣馬山頂に行きました。明け方の冷え切った空気のなか、昇ってきたウエスト彗星のひいている尾に心をときめかせた記憶があります(左写真:重枝昭広先輩撮影。左下が双眼鏡で観察している筆者)
それから次の明るい彗星が出現するまで20年も待たなくてはならないとはその時は思いませんでした。それまでは10年おきぐらいには明るい彗星がやってきたからです。1984年のハレー彗星も、回帰条件が悪く、期待はずれの暗さに終わりました。逆に百武彗星後、今度はすぐ翌年にヘール・ボップ彗星がやってきて話題になったことはご記憶のかたもいらっしゃると思います。
百武彗星は、決して規模の大きな彗星ではなかったのですが、その特異な軌道により明るくなることが期待されていました。


通常彗星は右図のように太陽のそばを通り過ぎます。太陽に近づくと暖められて尾を出します。通常、近日点(periherion)付近で最も明るくなります。
そうすると地球から見た太陽と彗星の関係は左図のようになります。

太陽と彗星はとても近い場所に見えるわけです。この角度のことを「離角(りかく)」と呼んでいます。

彗星が明るくなるときは太陽との離角が小さく、太陽が昇る前や沈んだ直後のわずかな時間帯しか見ることが出来ません。

ところが百武彗星は図上(図左=別の方向から表示)のような軌道を持っていました。太陽に近づく前の3月25ー27日に地球に非常に近づいたのです。

再接近のときの距離は、太陽と地球の平均距離(約1億5000万キロ=1天文単位)の1/10でした。言い方をかえると、0.1天文単位まで近づいたのです。

このように地球に近づく彗星はとてもまれで、いままでにこの距離以下になったのは歴史上20個に達しません。

彗星が小さくて、かつまだ太陽から遠くても、地球からきわめて近いところを通るので明るく見えることが予想されたのです。

なおかつ特別だったのは、地球の上(北の方向)をかすめるような軌道だったということです。地球の北は、北極星のある方向です。北極星が一晩中見えることは皆さんご存じですね。

そうです。百武彗星は、地球の上をかすめた数日だけ一晩中見える(周極星になる)という、普通では考えられない状況になりました。

これは、名古屋市科学館のホームページの写真をもとに、説明用の文字と線を入れたものです。

Polar starが北極星で、ここから小びしゃくが延びています。そのすぐそばに百武彗星があり、一晩中見えていました。

夜、相模湖まで車を走らせて見た百武彗星も、こんな感じでした。
しばらく見ていて、はっとしました。

時刻が分かるんです...!!

思わず身体が震えました。

それはこういうことです。彗星は、太陽の反対に尾をだします。だから彗星の尾を反対に辿れば、地平線の下にある太陽の位置が分かるのです。太陽の位置を時計の文字盤(このばあい北を向いているので反時計回り)のように考えると良いわけです。

左の絵のようなら午前2時頃、右のようならもうすぐ朝ですから、午前4時頃ですね。上記の写真も午前2時頃撮影されたものであることがわかります。

このことに気づいて、ずっと2時間ぐらい、百武が空に描く時計の針が動くのを見ていました。軌道のことまで知る人しか分かり得ない不思議な感覚に、しばらく酔いました。

ちなみに時計のモデルは、グリニッジ天文台の24時間時計です。
このようなサムネイル写真がインターネット上に残っています。原典はリンク切れで探せませんでした。これは百武彗星を1時間毎に多重撮影したものです。右上は多分午後8時頃、一番左下のものは午前3時頃でしょうか。

こんなすごい経験ができる彗星はもう一生やってこないと思います。百武彗星はすばらしい感動を残してくれました。実際の尾の見え方は下の写真のように細く長い感じで、美しかったのを覚えています。

百武さんはとつぜん彗星のように逝ってしまいましたが、百武さんの発見された彗星は、皆の心のなかで永遠の時を刻むと思います。ご冥福を心よりお祈りします。

写真:名古屋市科学館

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