Nov 30/2003 RSNA2003 (1) シカゴ到着: 3年目明神先生奮戦記
年のRSNAは、3年目の明神先生と一緒です。彼は33歳なのに、これがはじめての海外旅行ということです。いまどきの旅行好きな女性には信じられないことでしょう。ちなみに彼はGT-Rに乗っていますが、案外車好きの人は、海外旅行は遅い傾向にあると思います(他人の運転はあまり好きではないため)。


ところで、彼がRSNAに行けることにきまったのは2週間前だったので、直行便がとれず、ロサンゼルス経由になりました。私は直行便なので早くにつくのですが、あんまり心配なのでシカゴ空港で待っていてあげることにしました。さてはじめての一人旅でうまく乗り継ぎができるでしょうか...?
自分は最初国際線ターミナル(Terminal 5)に到着したのですが、明神先生はLAからきますので、国内線(Domestic Flight)の到着まで移動しないとなりません。シャトルにのってUAの国内線(Terminal 1)まで移動しました。

これはTerminal 1の到着状況を示している画面です。彼はLOS ANGELES発の110便に乗って 4:00pmに到着するはずです。

掲示板の「Claim」という欄は、荷物がどこの番号のカウンターに出てくるかを示しています。右端の「Remark」には「-BAGS IN-」と表示されており、すでに荷物が出てきていることを示します。

なのに、明神先生の姿が見えません...うっそーという気持ちとやっぱりという気持ちが交錯します(^^;)

ひょっとして迷っているのかもと思って最後まで待っていたのですが、とうとうだれもいなくなってしまいました....。
うーん、困った。「遅延があったら待ってないから、自分でホテルまで着てね」と言っておいたものの心配です。

そこでカウンターのおじさんに、成田→ロサンゼルスのover sea flightが遅れていないかどうか確かめてもらいました。そうしたら、やっぱり遅れたようです。

乗客名簿を調べてもらいましたがKazunori Myojinは次のUA116便に乗っていることが分かり一安心。せっかくなのであと1時間待ってあげることにしました。

そうこうしているうちに、「たかはらせんせ〜い」と声をかけてくれたのが、山梨医大の堀正明先生。彼もやっぱり直行便がなかったのでシアトル経由になったとのこと。

市川先生には直行便(UA882便)で一緒だったので、「市川先生に会ったよ〜」などと話をしました。

で、パソコンで仕事をしながらさらに待つこと30分あまり。ようやく明神先生到着です。やっぱりちょっと疲れた顔ですが、さすが若いのでまだまだ大丈夫そうでもあります。とりあえず良かった良かった。

というわけで、下にその顛末が書いてあるので読んであげてくんなまし。デジカメ撮って来いって宿題だしていたのに、余裕がなくて撮れなかったそうな。まあしかたがないかー...。これから鍛えよう。

11月29日(第1日目)

何とかシカゴに到着しました。

いま、シカゴのハイアットホテルにいます。

特にいま記載しなくても忘れられない経験をたった1日でたくさんしてきました。

デジカメ画像は余裕がなかったのでありません。が、読むだけでもかなり楽しめると思います。

■成田からロサンゼルス

まず、成田からロサンゼルスまでの機内は左隣の外人と3時間くらいお話ししていました。

とても親切な30歳代後半の男性で日本語もかなりできるので助かりました。間違った英語でも(多分日本人らしい間違い方)十分わかってくれていて、シカゴにこれから学会で行くんだって話したら、シカゴにはとても厚いステーキの店があるから是非そこに行くといいと勧めてくれました。うろ覚えだったらしく、わざわざ自分のかばんから雑誌とか出して調べてくれたりしてくれました。

機内はいままで搭乗した中でもっとも揺れまくり、これは落ちると覚悟していました。まだ僕の運転のほうがましです。30分くらい揺れまくって、程よく手に汗をかいたときに夕食となり、これが最後の食事かとおもうととてもおいしく感じました。高原先生からあらかじめお伺いしていたので、ここでも自信を持って"Beef , please."と言えました。(高原注:機内食のメニューは初めてだとよく分からないと思ったので、「とりあえず”Beef or Chicken?"と聞かれるので、どっちか好きなほうを答えればよいのじゃ」とsuggestしてありました)。

■ロサンゼルス空港

ロサンゼルスに着くとすでに約1時間ほど遅れていたので、高原先生はオヘア空港からホテルに向かっているに違いないと思い、自力でホテルまで行かなければと覚悟を決めました。Immigrationでかなり並ばされて時間を費やしてしまい(自分のときは20秒くらいで終わりましたが)、予定していたロサンゼルスからシカゴ行きの飛行機は行ってしまったので、これもまたつたない英語で(気合で)次の飛行機に換えてもらいました。これからがやっちゃった話ですが、到着ロビーから出発ロビーに移動する際にさてどこだろうと地図を眺めていたらフィリップと名乗る40歳代の黒人が近寄ってきて案内するから一緒に行こうといわれ、ついていくと(高原注:良い子の皆さんは決して真似をしないでください)出発ロビーの前までつれてきてくれました。本で読んだとおりアメリカでは男性のほうが優しいかもしれないって感動しながら、ありがとう、ありがとうを連発していると、ファイルみたいなものとIDカードみたいのを出してきて、自分はポリス何とかで行方不明の子供の捜査に20ドルで援助をしてくれないかといわれ、まあ、ここまで案内してくれたんだったらいいかと思い20ドル渡してしまいました。後で冷静に考えてみるとやはりぼられたとしか思えなくて、一応高原先生に確認を取ったら確定しました。(高原注:う〜ん、これはぼられたというのではなくて、だまされたっていうんでしょうね)

■やっとシカゴ(オヘア空港)到着!

シカゴのオヘア空港では、自分の英語や相手の話している内容が聞き取りづらいことに気がつきました。ロサンゼルスでは通じたし、聞き取れたのにと思ったら、やはりこれが英語の方言なのかという結論に至りました。(高原注:おいおい、ホントかぁ?)寒いところは口をあまりあけないで話すらしくゴモゴモしてよくわからないのです。

これはやばい、なんとかホテルまではたどり着かなくてはとさらに気合を入れなおしつつ預けていた荷物をbaggage claim に取りに行くと、なんと3時間も待ってくれた高原先生がいらっしゃいました!これは最近の中で一番うれしいことのひとつでした。何とか英語もやばいと自覚していた矢先だったので、まさに地獄に仏でした。そしてタクシーでハイアットホテルに向かいましたが、予定していたホテルの予約が明日からの予約で今日は部屋がいっぱいらしく、(高原注:すっすいません!一時はシカゴで野宿かと...)HYATT ON PRINTERS ROW HOTEL に変更になり、高原先生はかなり申し訳ないと詫びていらっしゃいましたが、ホテルの場所はシカゴ市内のダウンタウンにありそれなりにそれらしい佇まいだったので、私的にはかなり気に入っています。

そんなわけで初海外旅行の第1日目はまさに波乱万丈でした。

教訓:気合さえあれば何とか通じる。


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